2002年12月28日 (土)

◆ 自由律俳句  2002年12月

2002.12.16

◆ 流水石を砕き尺八の音「我」を斬る     すずきみゆき

  流水  1. 流れている水。 ←→ 静水。  2. 川。
  我 (が) 4. [仏] 人間の自我の中心となる常住のもの。「我執・大我・無我」

2002.12.17

◆ まだこない想い出をさがすのが希望の定義  すずきみゆき

2002.12.18

◆ こんな日常の中でつくる非日常の価値    すずきみゆき

2002.12.21

◆ 透けたカラダを貫きとおす冬の雨音     すずきみゆき

2002.12.25

◆ 火を消してこがらしの寒さきく       すずきみゆき

2002.12.28

◆ おこす人もなく兎のひるね         すずきみゆき

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2002年12月 4日 (水)

●ボーーーッ!と船の汽笛が思い出されます。  2002.12.4

2002.12.4

●ボーーーッ!と船の汽笛が思い出されます。  すずきみゆき

10月の北海道を 東京港から室蘭港(だったかな?遠い記憶)、苫小牧港から八戸港へと、船で作曲の旅をしました。
部屋は、二等船室(超安いカプセルホテルみたいなの)か大部屋。大部屋は男女混合、といっても殆ど男。たまに夫婦、カップルがいることもある。若い女が一人でお邪魔すると気を使ってくれてアタシの周りが空いてしまう。オーイ、皆の者、近う寄れ!
こんなで、申し訳なくて、申し訳なくて、兎に角部屋を出た。 そしてデッキで一晩中 星空を見てた。 いい曲が出来たね。

ああ、また いいの作りたいね。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

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●想い出  2002.12.4

2002.12.4

●想い出  すずきみゆき

子供の頃に、外で友だちと遊んでて、
母親たちが順番に○○ちゃん御飯できたよって呼びに来る訳ですよ。
いっつも私が一番最後でっつうか、呼びに来ないんですね。

畑の脇の薄暗い細道をね、チャリに乗って帰って来る親を、私の方が出迎えに行くんですね。
遠くの方から頼りない明かりが近付いて「蚊に刺されたらどうするの」という声と共に、その明かりが私の目のまえを通り過ぎる、これが母親です。
明るい光が飛ぶように接近し、私の真ん前で消えるんです。
これが父親で、僅かな距離を二人乗りして帰りました。
夜7時とか8時の話です。

話を戻しますと、

子供の頃に、外で友だちと遊んでて、
引っ越して来たばっかりの ようこちゃんのお母さんが呼びにきました。
ようこちゃんちの玄関で手を振って さよならを言っている時、
美幸ちゃんのお母さん、まだ来ないねえ、一人じゃ寂しいから、うちで待ってていいよ、と ようこちゃんのお母さんに声をかけられました。
その時、ついつい発した言葉が、
「ピアノ、練習しなくちゃ。そんな暇はないの。」

この日は、外に出るに出られず、缶詰になってピアノを弾いていました。
もちろん大好きな親の出迎えにも行かれませんでした。

どうです。この話も泣かせるでしょう。
しかし、人間の性格ってやつは簡単に変わらないもんですよね。そう思いませんか。。。

さて、本業 本業。

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●ETのキーホルダー  2002.12.04

         おとなのコラムに投稿しました

2002.12.04

●ETのキーホルダー  すずきみゆき

映画の『E.T.』が日本で公開されたのは昭和57年でした。

20年前、東京駅八重洲口近くの映画館で『E.T.』の入場券と指定席券5人分を買いました。
「うちでは家族そろって出かけた事が一度も無い」と祖母に言われたからでしたが、清水の舞台から飛び降りるとは正にこういう事をいうのです。
家族で働き手は私一人だったからです。

色グロで目の大きかった祖母がETに似ていてカワイイから、しかし、シャイな私はその思いを悟られないように映画を見た記念にと言ってETのキーホルダーを買いました。
だいぶボケが進んで、江戸川の家の建て替えを機に両親とともに岩手に帰った祖母が去年、そろそろ別れの時が近付いていると私に云い聞かせ、どこから出してきたのか、あの時のETのキーホルダーを私の掌に掴ませ、その上から農作業で鍛えられた両手でそっと握りしめました。
からだの小さい祖母が私の顔を覗き込みながら微笑み、
「ひとつ聞きそびれていたが、私に似ていると思って買ったんだね。」と言いました。
私はなんども頷きながら、家族のために働くのが生き甲斐だった頃の一コマを鮮明に思い出し複雑な想いに瞼を熱くしました。
「じゃあ、これは私が持っていて良かったんだね。」という祖母の言葉を聞きながら。。。

祖母は去年、嫁にきてから自分で植えた桜の木の満開になった その花びらが風に舞い散る中、しずかに息をひきとりました。 88才でした。

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2002年2月14日 (木)

詩【隙 間】  2002.2.14

         詩を作ってみよう♪に投稿

         おとなのアートに投稿

2002.2.14

【隙 間】  すずきみゆき

埋めようとしても 埋めようとしても 心の隙間は無くならなかった

その街を逃れ やっと出会った新しい充実・・・
充実が日常になった今日 無性に隙間を探したが
朧げな影を心の底に落としたまま 隙間は忽然と姿を晦ましていた

ああ、満ちたりた充足よ 身動きのできぬ満員電車のように
足りないものを望むこともなく 只じっと耐えるだけの充足を 私は望まない

埋めようとしても 埋めきれない 心の隙間を
失った私が もはや 死んでいる

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2001年11月30日 (金)

詩【陽と雲】  2001.11

         おとなのアートに投稿

2001.11

【陽と雲】  すずきみゆき

太陽からは見えないだろう。
地球の夕焼け雲は・・・

しかし、どんなに離れていても
雲は陽の光に呼応して
紅く燃える。

そして、雲は信じているのだ。
朝夕輝く自分を、
太陽が知っていてくれると。

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2001年11月23日 (金)

詩【ススキよ】  2001.11

2001.11

【ススキよ】  すずきみゆき

ススキよ

わずかに残された秋をたいせつに抱き

つば広の帽子を優雅によそおう

とおい富士の気高さを

なにを想ってじっと眺めているのか

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2000年9月30日 (土)

ショート小説【窓】2000.9

難解なので推敲している最中です。

2000.9.

  窓  すずきみゆき

            1


 こんなに気持ちが沈んでいては待ちにまった秋の訪れを喜ぶ余裕など全く無かった。
窓から入る夜の湿った空気が冴子の露出した肌に冷んやりと吸着し、冴子はその快感に浸った。
机には仕事が山積みになっていた。


 普段の冴子なら充血する目を擦りながら翌日締め切りの原稿書きに没頭するのだが、今夜は違っていた。
怠惰ではない、まるで虚脱のどん底に落ちてしまったように身体が動かないのだ。
冴子は、やっとの思いで、いつもの熱いカフェオレを入れ、今は、気持ちを奮起させる為に口に運んだ。
そして、深い地の底に眠る死人の魂が少しずつ浮上し、あたかも新しい肉体の中に蘇るかのように覚醒していった。
だが、気持ちは無気味なほど落ち着いていた。全く何の感情も湧いて来ないのが恐かった。
ふと鏡に写った自分の姿が、ただ似ているだけの見知らぬ他人に思えてならなかった。そして、鏡の中の『女』が現実の彼女に無関心無表情を装っている事に衝撃を受けた。
鏡を隔てた二つの世界には計り知れない断絶があるのだ。きっと『女』のいる向こう側は、時間の流れを持たない凍った場所なのだ。
それは悪魔の創った『時空の狭間』であるに違いなかった。
だから『女』と自分とが左右対称を成しているという事実を、冴子は到底受け入れる気にはなれなかった。


 鏡を見つめていると、冴子は次第にトランス状態のまま目覚めるような感覚におそわれた。そして、しだいに神経が研ぎすまされ集中力が高まっていくのを感じた。
その高まりが極限に達すると、今度はまるで『時空の狭間』に魂が吸い込まれていくかのような感覚が体を支配した。もし窓の外から聞こえる車の音に意識を現実に引き戻されなければ、二度と戻れなかったに違いない。
 冴子は心から恐ろしいと思った。一刻も早くこんな馬鹿げた狂気から脱出したかった。
今は、たとえどんな些細な物でも正気を実感できるものが欲しかった。





            2


 冴子は自分の部屋にいた。 しかしそこは、自分の居場所であるという実感に全く欠け、白々と存在していた。 暗く煤けた『部屋』からは、『時間』の流れや、『部屋』が存在する意味すらも感じられず、冴子が呼吸できる空気がここに存在していることさえ不思議だった。


 (もしやここは鏡の中の部屋ではないだろうか)という疑念が浮上し、冴子は思わず柱の時計に目線を移した。


 時計の文字盤の文字が鏡に写ったように左右対称ではないことが一瞬でも冴子を安心させた。
しかし、もしこの身体があの『女』の身体と入れ代わっているとしたら! つまり、自分の魂が『女』の身体の中に覚醒したのだとしたなら‥‥
考えたくもない事が大脳の襞の渠にこびり着いて離れなくなりそうだった。


 ここは鏡の中の部屋で、全てが現実の部屋と左右対称をなしている。そこで、その事を証明するために時計の文字盤を確認しようと考える。 その文字が現実の文字と異なり、左右が鏡に写した様に全て逆になっていないかどうかを‥‥ 
しかし、文字盤の文字は現実のものと同じ形だった。 では、この部屋が、鏡の中の部屋では無く、現実の部屋であることが証明されたのだろうか。


 否、違う。


 何故、現実の部屋であることが証明された事にはならないのか。 理由はこうである。


 ここは鏡の中で、全てが現実の部屋と左右対称をなしているから、この鏡の部屋の柱に掛かっている時計の文字盤は、現実の時計の文字盤と、当然、左右対称を成している。 冴子は、時計の文字盤を確認する。
 ところが、ここで大事なのは、冴子の身体も、現実の冴子の身体と左右対称を成していることである。
 つまり、鏡の中では、左右対称の文字盤を、左右対称の彼女の網膜に映し出し、それを左右対称の彼女の脳で理解しようとするために、実際は時計が左右対称になっていたとしても、その現実を認識することができないのではないだろうか。


 要するに、鏡の中の冴子は、鏡の中の文字盤を、現実の文字盤としてしか認識することができない。そういう事ももあり得るとの結論に達したのである。


 すると、主観的な形状認識は、実際は何の意味も持たず、感覚として認識し得る形状の全てが、冴子を安心させる材料にはなり得ないのである。


 冴子は一刻も早く、自分の正気を実感できるものが欲しかった。
例えどんな些細な物でも‥‥





            3



 研ぎすまされた神経が妄想を造り出しているのかもしれないと、冴子は頭の片隅で冷静に思考した。


 窓から、外の現実の生活の音が聞こえてくるのは、この部屋が現実のものだからではないだろうか。
なぜなら、『音』は鏡には写らないのだから。


 冴子はまた、理論を組み立て続けた。


 鏡に写る像は、一旦、人間の網膜に写し出され、脳によって認識される概念でしかない。
それどころか、現実の世界が本当に人間の脳が認識する通りの形状を呈しているという保証は何処にも無いのだ。と、普段の冴子ならそう結論を導いていただろう。


 だが冴子は冷静さを失っていた。そして何よりも疲れ果てていた。
 鏡の中の冴子の顔は神経をすり減らして、骸骨の様にげっそりとしていた。 静かにしていると、心臓が時折不規則に踊るのが伝わってきた。 冴子は、不意に自分の右手首の内側に左手の指を押し当てた。そこには脈々と打つ熱い血流が感じられ、紛れもなく、この肉体が冴子自身のものであることを物語っていた。



 長い、長い闘いだった。
 次第に脈拍が安定してくるのが分かった。 
鏡の中の冴子の頬にも赤味がさしていた。
そして、こちらに向かって微笑んで見せるのだった。


 冴子は、心の底から安堵していた。 既に今日締め切りとなってしまった原稿の事を思った。
そして、窓から顔を出しオゾンを充分に取り入れると、珍しく窓を閉めて仕事を始めた。


 まるで胎内に籠るように。

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2000年3月 1日 (水)

詞【雪】  2000.3.

3月の作品

2000.3.

  【雪】  詞 すずきみゆき

1、ゆき ゆき 雪がふっている
  ふわふわふわり ふっている
  雪は ゆめに よくにてる
  つかむと しゅるり すぐきえる

2、ゆき ゆき 雪がつもってる
  ずんずんずんと つもってる
  ぼくは 雪がだいすきさ
  あるくと さくり おとがする

3、ゆき ゆき 雪がとけだした
  きらきらきらり とけだした
  春が はるがやってきた
  ゆき ゆき 雪よ さようなら

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1977年11月 1日 (火)

MIYUKI'S MYTH

1977.11. すずきみゆき


MIYUKI'S MYTH   ( Miyuki Suzuki )


"You should practice three drills at home. "
My English teacher was saying so, if I remember right.
But he added another drill before I know.
' Poor fellow, ... I was neatly taken in ! '
I could not repress my anger.
I was keeping tears back, so tears fell into my mind.
Accordingly, I was obliged to press my wet mind with an iron.
I have been having flat and dry mind ever since.


* A Notice: It's a joke, of cause. I have a WARM HEART.

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1977年10月10日 (月)

The dream

1977.10 すずきみゆき


The dream   ( Miyuki Suzuki )


Last night I had a queer dream.
When a gangster threatened me at the point of a gun on the street.
SUPERMAN came to the rescue me; Yes, he was a regular style.
He is knock a gangster down, I was safe.
But, I could not believe my eyes. He looked like my English tearcher.
" Very surprised ! "
I thought in the dream, " SureA°I I'm dreaming."
"But why!? Don't you give any lessons, today? "
Then I question so him, I found myself lay on a bed, holding an English book and a dictionary, and smiling.

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1973年10月 1日 (月)

MY MUSIC'S MISSING SOMETHING . . . Miyuki Suzuki

1973.10. すずきみゆき


MY MUSIC'S MISSING SOMETHING   ( Miyuki Suzuki )


I was feeling my music was lacking something, and I didn't know what it was.
Until recently, I've been composing music only for self-satisfaction, although I hadn't realized it.
but one day, I noticed a strange emotion within myself that was a still, but yet strong feeling.
It was like the feeling we have when we see snowflakes falling silently.
So I tried and tried to make music for someone, to communicate that impression as correctly as I could, but I didn't feel the music was enough to do so.
Since then I've been thinking about for whom I should compose, and what sort of music it should be.
What I'm thinking now is this; music is made by any emotions for lovable, beautiful things, or people we respect, etc.
Such emotions express themselves together with the standard of values which are influenced by the social environment.


When I come to think of it, I can see music is a product of society, and that it has gone through many changes during history.
Passing through the periods of Imperialism and FeudalismA°Cthe time of Capitalism has arrived and also music has shifted from "court music" to "commercial music."
That has made music more popular.
It is difficult to find high artistic ability inherited from former great musicians in today's popular music.
Of course, I know we are charmed in other ways through this kind of music, and I think it is a great advance for all of us that such music has become ours.
All of us must recognize these things, and must get rid of the old thinking that classical music is the only musical art.
Also, if there is someone who thinks ciassical music is tiresome, just remember the feeling you have when you hear a foreign language which you don't know yet.
After you learn about it, you will develop at taste for it.
It's really difficult to understand music.
Surely, a construction of popular music is simpler than classical music, but I haven't found the heart of popular music yet; I still find it difficult to do so.


I want to compose "Artistic Popular Music" in the future, that is, music understandable for anyone and able to raise the level of the listener, player, and of course, musical art.
I think the artist who composes a new type of music needs to find people who find joy in his music and people who understand the theory.
He will be given courage and the spirit to overcome any difficulties in his works by the appearance of such people.
And he will try to compose for them with all his ability.
I think these are expressions of love in a broad sense, and I realize that this is the thing my music lacks.
I will try to build up my music, and I must try to walk along my own new way from now on.

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