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2009年1月30日 (金)

●音楽家の心と体のメカニズム  2009.01.30

2009.01.30

●音楽家の心と体のメカニズム  すずきみゆき

ピアノを弾く場合の「こころ」とは、それぞれのピアニスト固有の音楽的感性のことだと思いますが、ピアニストが思った通りに音を奏でる為に、筋肉と骨格をいかにコントロールすべきかがピアノ演奏を化学するというところでしょうね。
思い通りに自身の肉体をコントロールする点では、音楽もスポーツも一緒ですね。

自分でやっておきながらナンですが、詩や曲を作るなどの「創作」という行為のメカニズムこそ、私にとっては神秘的で解明してみたいところです。
 

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●生命を維持する為のシステム  2009.01.30

2009.01.30

●生命を維持する為のシステム  すずきみゆき


人間の本質というべきか実態というべきモノは
パラフィンのようなペラペラの皮膚の内側に詰まっていますよね。皮膚は張り付いてヒトを保護したり針先のような穴から汗を出しているのですが、私たちは普段、薄っぺらい皮膚の表面だけを見てヒトというものを解った気になっています。

ところが・・・人間の心や体の
本質というべきか実態というか…いや、ナンなら「真実」とでもしておきましょうか・・・人間は、人間の心や体の"真実"を見ようとはしないんです。
きっと、人間にとって心地よいモノではないからでしょう。
人間の心の奥底や体の内部を暴く事を恐れたり心地良く感じられないように、
人類のDNAには、生命維持の目的で、もともとそのように書き込まれているような気がします。

なぜなら、
●心の奥底を覗く事に
ついては:
人間の潜在意識には生命維持システムがあるために表層意識(普通の意識)から区分されています。
それによって生命維持システムが外部から意図的に操作されないように保護されているそうなのです。
また、
●体の内部を暴く事
については:
人間の体内を実際に見るという事は、医術を行う場合や体が死体でもない限り、人間を死傷させる行為に他なりませんから、こんなこと
普通は気持ち悪いし恐いですよね。心地よい筈がありません。

この「恐い」という感情が私たち人類の生命維持の為の安全装置の働きをしているのでしょう。

だからこそ、

人間は、同じ人類の心の奥底を覗いたり体が傷つけられる事を恐いと感じるように出来ているのではないでしょうか。

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2009年1月29日 (木)

●ヒトとしてのバランス  2009.01.29

2009.021.29

●ヒトとしてのバランス  すずきみゆき

 一昨日と昨日、ピアノに必要な人体生理学の勉強の為、人体解剖の動画を見ました。ヒトである自分をとことん知ってやろうという思いもありました。

数ヶ月間かけてピアノで使う筋肉や骨格の仕組みを予め図で勉強してはありましたが、
実際に腕や肩や胴体の解剖を動画で見ると吐きそうになりました。(ここ数日間のダルさはその心身の疲労のためかも知れません。)今回のは仕事の一貫だから仕方ありませんけれど、ここだけの話し…勉強なんて体を壊してまでやるモノではありませんね。

でも、2〜3時間見続けると、今まで学んだ知識が現実の人体と結びついて、意欲的に観察出来るようになりました。「向学心」は「生理的感情」を乗り越える事が出来るのですね。(この調子なら、過去のあらゆる生理的感情やトラウマなども乗り越えられるのかもです???)
まあ、これを単純に「慣れ」と呼ぶのかも知れませんが…


10時間近く見た感想は、やはり人間は動物なのだという事です。
骨や筋肉や血管、脂肪の感じが、骨付きの豚肉や鶏肉とそんなに印象が変わりませんでした。
まあ、そうでも思わないと冷静に見ていられませんが…(汗)

とどの詰まりが、学者も、ピアニストもみんな動物です。大雑把ですが、骨や筋肉や神経や血管、内蔵や、脂肪や皮膚、水分で出来ています。心臓が動いて血が通っているのが生きているという事です。

心の内面だけでなくヒトの体の内部とこれほど真剣に向き合ったのは初めてでした。人間の容姿がどうだなんて表面的な事は大したことじゃないと思うようになりましたし、ヒトとしてのバランスを保つ為に、人体を正しく大切に使う事がどれほど大事か考えさせられました。

自分を含めたヒトの見方が大きく変わりました。

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2009年1月28日 (水)

◆ 自由律俳句  2009年1月

2009.1.7

◆ ブランクを埋めて元の自分を始める  すずきみゆき

2009.1.20

◆ 芯から暖まっていた日々があった   すずきみゆき

おはようございます。

我が家(と言っても江戸川の仕事場)では戸外のベランダで洗濯をするのですが、
今朝は格別に冷え込んでいます。深夜のうちに洗濯を済ませた方が楽だったかと
後悔していましたが、先ほどタイムリミットで可燃ゴミを捨てにいった時、小学
生たちの集団登校に会いまして、元気に歩く子どもたちは暖かそうで、縮こまっ
てトボトボと歩く子どもたちは寒そうでした。いや、実際にそうなのでしょう。

そこで、私も元気に洗濯をする事にしました。心の芯から暖まって。

2009.1.28

◆ もう日暮れて一日を失う       すずきみゆき

3時までは明るかったので、これから用事を済ませようと思っていたのですが…

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2009年1月10日 (土)

誰も降りず誰も乗らずドアが閉まった電車  久光良一

誰もいないホーム、ドアの事務的な開閉。それをただ傍観するしかない我々を乗せ、"人生"という乗り物が、"運命"のレールの上を走ります。
電車の中の光景が、人の意思ではどうする事もできない生きる事の孤独さを象徴しているようだと、句を読んで感じました。

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